建設業の価格転嫁は「工事原価の見える化」から始める
――赤字工事を防ぐ原価管理
価格転嫁を進めたいと考えても、「いくら値上げすればよいのか分からない」「取引先に説明できる根拠がない」という建設業者は少なくありません。その原因の多くは、工事ごとの原価が十分に把握できていないことにあります。
材料費や外注費が上昇していることは分かっていても、それが個々の工事の利益にどの程度影響しているかが分からなければ、適正な工事価格は計算できません。価格転嫁は、元請企業や発注者との交渉からではなく、自社の工事原価を見えるようにすることから始まります。
本記事では、中小建設業者が無理なく取り組める工事原価管理の方法を解説します。
1.売上高が増えても利益が残らない理由
建設業では、「仕事はある」「現場は忙しい」「売上高も増えている」にもかかわらず、決算では利益がほとんど残らないことがあります。
原因として、材料価格や外注単価の上昇、工期の長期化、追加作業の未請求などが考えられます。しかし、工事別の原価を把握していない会社では、どの工事で、何が原因となって利益が減ったのかを特定できません。
たとえば、受注金額500万円の工事について、材料費と外注費を差し引いて100万円残ったとしても、それが利益とは限りません。自社従業員の労務費、現場監督の人件費、車両費、駐車場代、安全対策費、廃材処分費などが集計されていなければ、実際の利益は大幅に少ない可能性があります。
会社全体の損益計算書だけを見ると、利益を生んだ工事と赤字工事が相殺されます。価格転嫁や見積改善に取り組むためには、工事単位で採算を確認する必要があります。
2.工事原価として把握すべき5つの費用
最初に把握すべき工事原価は、次の5つです。
① 材料費
資材、設備機器、消耗品などの費用です。仕入額だけでなく、運賃や現場への配送費も含めます。余った材料を他の現場で使用する場合は、使用量や在庫への振替も記録します。
② 自社労務費
自社の技能者や作業員が工事に従事した費用です。給与だけでなく、賞与、会社負担の社会保険料、通勤費などを考慮し、1日または1時間当たりの社内労務単価を設定します。
社長が現場に出た時間も原価です。社長の労働を無料と考えると、社長が働き続けなければ成立しない低採算工事を黒字と誤認してしまいます。
③ 外注費
協力会社、一人親方、応援作業員などに支払う費用です。交通費、宿泊費、機械使用料などを自社が負担した場合も工事にひも付けます。
④ 現場経費
車両費、燃料費、高速料金、駐車場代、運搬費、廃材処分費、仮設費、工具損料、安全用品などです。一つひとつは少額でも、工期が長い現場では大きな負担になります。
⑤ 現場管理費・間接費
現場監督の人件費、施工図や安全書類の作成、打合せ、工程調整などの費用です。本社家賃、通信費、事務担当者の人件費なども、最終的には工事価格から回収しなければ会社を維持できません。厳密な配賦が難しければ、直接原価に一定率を乗じる方法から始めます。
3.「見積原価」と「実際原価」を比較する
工事原価管理では、受注前に計算した「見積原価」と、完成までに発生した「実際原価」を分けて記録します。
この例では、受注時に75万円の粗利益を見込んでいましたが、実際には40万円しか残っていません。次に、材料単価の上昇、数量拾いの誤り、作業日数の増加、手待ち、追加工事の未請求など、差額が発生した原因を確認します。
原因が価格上昇であれば価格転嫁、見積数量の誤りであれば積算精度の向上、手待ちであれば追加費用の請求というように、取るべき対策は異なります。原価差異の分析は、赤字を確認するためではなく、次の見積りと交渉を改善するために行うものです。
4.自社労務費を「ゼロ」にしない
工事原価のなかで特に見落とされやすいのが、自社労務費です。材料費と外注費だけを原価にすると、自社の職人が多く働いた工事ほど利益が大きく見えてしまいます。
簡易的には、給与、賞与、法定福利費などを含む年間人件費を年間の実働時間で割り、1時間当たりの労務単価を設定します。教育、有給休暇、移動などの時間も会社が負担しているため、給与を所定労働時間で割るだけでは不足する場合があります。
国土交通省は、公共・民間、下請取引を含む契約の各段階で適正な労務費を確保するため、「労務費に関する基準」を公表しています。労務費等を内訳明示した見積書の提出を促す取組も進んでおり、自社労務費の把握は、元請企業へ価格改定を説明する基礎資料になります。
なお、公共工事設計労務単価は参考になりますが、自社従業員の実際原価と同じではありません。公表単価だけに頼らず、自社の賃金、法定福利費、実働状況から社内労務単価を計算することが重要です。
5.工事番号で費用と情報をひも付ける
工事原価を見える化するには、すべての工事に工事番号を付け、見積書、仕入伝票、外注請求書、日報、経費精算、追加工事記録に同じ番号を記載します。
高価な工事管理システムを最初から導入する必要はありません。Excelなどで、次の項目を一覧にするだけでも構いません。
- 工事番号・工事名・取引先
- 受注金額と見積原価
- 材料費、自社労務費、外注費、現場経費
- 追加工事の金額
- 完成時の粗利益額と粗利益率
現場担当者は作業時間、材料の追加使用、工程変更、追加指示などを記録し、事務担当者は請求書や支払データを工事番号ごとに集計します。現場と事務の情報がつながって、初めて正しい原価が見えてきます。
6.まずは直近3件から始める
原価管理が続かない会社には、最初から細かく管理しすぎる傾向があります。導入初期は、受注金額が大きい工事、材料・外注比率が高い工事、追加作業が多い工事など、3件程度を対象にします。
受注金額と材料費、自社労務費、外注費、現場経費を集計し、月1回、社長と担当者が30分程度確認します。見積原価との差額が大きい項目に絞って原因を検討すれば、小規模な会社でも継続しやすくなります。
7.見える化した原価を価格転嫁につなげる
原価を集計しただけでは利益は改善しません。結果を次の見積りと価格交渉に反映させます。
複数の工事で材料費が見積りを上回っていれば、仕入単価表と見積価格を更新します。自社労務費が増えていれば、人工単価や施工単価を改定します。遠方現場で移動費が増えている場合は、運搬費や出張費を別項目として計上します。
取引先には、「全体的にコストが上がった」ではなく、「直近5件では材料費が見積時より平均8%上昇し、1件当たりの原価が○万円増加した」というように、自社の実績を示します。工事原価の見える化は、価格転嫁の根拠を作るとともに、利益が残りやすい工種や取引先を見極め、受注方針を改善することにも役立ちます。
まとめ――自社の数字を説明できる会社になる
工事原価の見える化で重要なのは、精密なシステムを作ることではなく、工事ごとの利益が分かり、次の判断に使える状態を作ることです。
まずは直近3件について、受注金額と5つの主要原価を集計し、見積原価との差額と原因を確認してください。この取組を繰り返すことで見積精度が高まり、価格転嫁に必要な根拠が蓄積されます。
価格転嫁を成功させる会社は、交渉が上手な会社である前に、自社の数字を説明できる会社です。工事原価を見えるようにすることが、赤字工事を減らし、適正利益を確保する第一歩となります。
当事務所では、建設業を中心に、工事番号の設計、工事別原価管理表の作成、社内労務単価の計算、価格改定額の試算などを支援しています。原価管理をどこから始めればよいか分からない場合は、お気軽にご相談ください。
参考となる公的情報
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。実際の原価区分や配賦方法は、会社の工種、規模、会計処理などに応じて設定してください。


コメント